嘘くさい空

寒空の下、漁港を前に突っ立っている。冬の空は嫌いだ。晴れた日でも半端な雲が流れてやがる。あれがどうにも気に食わない。まるで、何かを隠しているような、何かを諦めているような、そんな雲だ。透けて見える青空だって、どこか薄っぺらい。冬の青は、嘘くさいんだよ。

アスファルトにしゃがみこんだ。昨日の雨なんて知らねえ。タバコに火をつけながら、空を睨んでみる。俺が睨んだところで、雲は流れ続けるし、寒さも和らぎやしない。でもな、こうして睨んでいると少しだけ気が紛れるんだよ。人間ってのは、どうしようもないところで勝負を挑みたくなる生き物だからな。

今日も雲は、のんびりと流れてやがる。俺の中にある何かを置いてけぼりにしながら。

何が「お気楽よね。」だ。ふざけやがって。他人の言動の内に悪意を見出しては得意げな顔をする連中と比べたら、断然マシじゃねぇか。 缶コーヒーを勢いよく口へと運んだ。俺がそれほど立派な人間だなんてちっとも思っちゃいねえさ。が、がだ。少なくとも、あいつらみたく汚れた鼻をひくひくさせながら生きるのなんてまっぴら御免だね。それなら、死人に湧くウジ虫にでもなった方がまだ救われる。 

世の中は、探せばいくらでも悪意を見つけられる。むしろ鼻をつく悪意の匂いに正義がくらんでいるくらいだ。だのに、それを見つけた瞬間、得意げに笑う奴らがいる。「ほら、やっぱりそうだろう?」ってな顔をしてさ。でもな、それで何になる? そんなもんを見つけたところで、自分の心が少しでも救われるわけじゃない。 それなら俄然、道化を演じて笑ってる方がよっぽどいい。馬鹿だと指をさされてもいい。「お気楽よね」なんて言われても、そんな言葉、小便かけて排水溝に流してやる。

風が吹いた。まだ半分も吸ってねえのに、タバコの火を消しやがった。ああ、クソだ。何から何まで、冬のせいにしたくなる。俺は立ち上がって缶コーヒーを握りしめる。まだ温かいくせに、どこか冷たい気がした。漁港の隅に停められたトラックから、男の怒鳴り声が聞こえてくる。寒空に響くその声は、なぜだか俺の心臓を軽くつまんだ。


逃げてきたんだよ、俺は。闘うのが嫌で逃げ出したのか、逃げることが俺なりの闘い方だったのか 、それはもう分からねぇ。だけど、逃げたって空は同じようにダルそうで、雲はのんびりと流れていやがる。

走ってたら、何かが変わると信じてた。だけれど、田舎だろうが、東京だろうが、結局、なんも変わんねえ。寒さは肌に沁みるし、嘘くさい空は、どこまでもついてきやがる。

トラックのエンジン音が止んで、怒鳴っていた男が顔を出した。はっきりとは見えねえが、「何だ?」って顔だ。別に何でもねぇよ。お前に用はない。足元の吸い殻を踏みつけ、ポケットの中の小銭をまさぐった。自販機にコインを突っ込んで、もう一本、缶コーヒーを買う。熱い缶が手に馴染む。それだけで、今のところは十分だ。

「闘争か逃走か」なんて教授みたく偉そうに言うつもりはねぇ。でもな、俺はもう少しだけ、ここにいてやるよ。流れていく雲が、あいつらよりはまだましだからな。

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kiyuhara tomokata