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休憩がてらにコーヒーを淹れる。ハンドドリップも手慣れたものだ。フィルターに挽いた粉を落とし、熱湯を注ぐ。芳ばしい香りが立ちのぼると、コーヒーはぷくり、またぷくりと小さな気泡を弾いた。注がれた湯が無機物であった無数の粒子を、泥状の、しかしどこか温もりを帯びた一つの有機体へと変容させていく。

ポト。ポト。ポトトトーーーーっ。茶褐色のグラデーションは、焦茶色の液体を滴らせる。青は藍より出でて藍より青しとは、まさにこのこと。まぁ、青い食べ物なんてangryでも食う気失せるわ。

生命の最初もこんなものだったのかな。得体のしれない、どろりとしたもの。混ざり合って、溶け合って、曖昧さゆえの、、…エロティシズムを醸し出す. なるほど、エロティシズムとは言い得て妙だね。そう呟きながら、椅子に腰掛ける。解きかけた数学の問題をちょっとばかし睨んでみるけど。

この問題は、逆数をとることで範囲を絞ることができそうですね. AIの音声がスッと脳内を駆け抜ける。こちらの思考を、敬語交じりの澄んだ口調が拡張させて、あと一歩を軽やかに踏み出させてくれる。とっかかりが掴めれば後は流れに身を任せて。

-風を感じる.追い風を.
精密機器のファン装置.
けれども、熱はどこへ向かう.
この身をたぎらせる,
神なる衝動.
玉座に掛けし彼はいずこへ...(21:38/Dec/14th)-

今日の分はひとまず、終わった。時折、学ぶこと、それ自体へ訝しんだまなざしを向けてしまう。学問なんてのは、なにかに染まるしかない、文字通り白痴のために用意された品物に過ぎやしないのか。確かに知識を深めれば、より凝った方向から、より研磨されたナイフで、物事を理解できる。それは学術的進歩の賜物だろう。けれども、理解とはあくまで解体だ。パーツがただ無造作に散らばるだけなら、それはただの骨を晒す解剖的作業に過ぎない。生命のように曖昧で有機的なものを扱うには、芸術的であることも忘れてはいけないのではないだろうか。それは、理屈では捉えきれない美しさや、感覚の中でしか掴めない真実を尊重することだ。 それに学問をすすめた御仁も、ポッケから姿を消しちゃったしな。

コーヒは少しぬるくなっていたが、浅煎りの豆はこのくらいがちょうどいい。さっきまで. 熱くて感じとれなかった, 微妙な酸味のニュアンスが舌の上を柔らかに転がる. まるで、青春の只中ではやり過ごすだけだった感情が、時を経てふとその日々を振り返ったとき、鮮明な色合いとともに胸に迫ってくるように。

ただバイトの一環で問題をこなしているから無駄なことを考え込んでしまうのかもしれない。ただ、純粋に対峙していた時の熱情に、戯れていた時の快感にこの身を浸せはしないものか。コーヒーを勢いよく飲み干し、ペーパーフィルターをゴミ箱に落とした。生物かと錯覚していたドリッパーの中の小宇宙は、すでにスカイ・デブリと化していた。だけれど、その崩壊が残した余熱を、舌の上に微かに感じとる。何かが僕の中で腑に落ちた。それで今は十分だ。

道玄坂の方に青いラーメンのお店があるそうです.夜食にいかがでしょう. AIがそう提案する。僕はただ、夜の中に溶けあいにいった。

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kiyuhara tomokata